紀州梅効能研究会は梅・梅干し・梅リグナンの様々な健康効果を医学的に検証・解明しています。

紀州梅効能研究会

研究成果

梅およびその有効成分の動脈硬化等、心血管病変に対する予防、改善効果のモデル細胞を用いた検討

研究員:
江口 暁 テンプル大学医学部心臓血管研究センター助教授 医学博士
大津晴彦 テンプル大学医学部心臓血管研究センター研究員 農学博士
中嶋英勝 テンプル大学医学部心臓血管研究センター研究員 医学博士
鈴木洋行 テンプル大学医学部心臓血管研究センター研究員 医学博士

研究施設と報告責任者:
テンプル大学医学部心臓血管研究センター
生理学教室 助教授
Satoru Eguchi, MD. PhD. FAHA

1. アンジオテンシン誘導平滑筋肥大に対する梅肉エキスの阻害効果

「目的」
現代、人類が口にする食物は生命活動の維持におけるエネルギー源としてのみでなく、身体の健康保持および疾患予防の効果が明らかにされ、食物の生理活性に着目した研究が進められている。近年、我々、日本人の多くが嗜好し、日常的に摂取する梅においても、その抽出物である梅肉エキスに血流改善があることが明らかにされ、更なる生理活性の探求とその機構の解明、特に心血管疾患に対する予防および治療効果が期待されている。
これまでに、心血管疾患において、レニン・アンジオテンシン系における主たる生理活性ペプチドであるアンジオテンシンⅡの役割が明らかにされ、その情報伝達系機構の解明が進められてきた。最近の我々の研究の結果、アンジオテンシンⅡがAT1受容体を介し、受容体形チロシンキナーゼであるEpidermal growth factor(EGF)受容体を介してextracellular signal-regulated kinase/mitogen-activated protein kinase (ERK/MAPK)を活性化し、増殖肥大作用を伝達することが示された。そこで我々は、大動脈平滑筋細胞において、梅肉エキスがアンジオテンシンⅡ/EGF受容体/ERK情報伝達系を阻害するという仮説をたて、本研究においてその実証を試みた。

「方法」
平滑筋細胞培養:平滑筋細胞は12週齢のSprague-Dawayラットの胸部大動脈より、explant法により調製された。調製された細胞は10%のウシ胎児血清を添加したDullbecco’s modified Eagle medium(DMEM)中において培養され、実験には3~12継代の細胞を約90%コンフルエントの状態で3日間、無血清培養し、用いた。
ウェスタンブロッティング:アンジオテンシンⅡ刺激後の平滑筋細胞はSDSサンプルに懸濁され7.5%SDS電気泳動に供試され、ニトロセルロース膜に転写された。EGF受容体活性化は1068番チロシン残基リン酸化特異的抗体(BIOSOURCE社:添付書類1)を用い、リン酸化されたEGF受容体量を指標とした。ERK活性化は204番チロシン残基リン酸化特異的抗体(Santa Cruz社:添付書類2)を用い、そのリン酸化タンパク質量を指標とした。また、総EGF受容体量および総ERK量をEGF受容体抗体Santa Cruz社:添付書類3)およびERK抗体(Santa Cruz社:添付書類4)を用いて測定した。
タンパク質合成:平滑筋細胞肥大の指標として、タンパク質合成速度を測定した。12ウェル培養プレートにおいて平滑筋細胞を1uCiのトリチウムラベルleucine含有DMEMで、アンジオテンシン存在および非存在下において、24時間培養後の細胞内トリチウム量を、液体シンチュレーションカウンターを用い測定した。
細胞内カルシウム測定:細胞内カルシウムの測定には、カルシウム感受性蛍光色素であるFura-2を用いた。無血清培地中で48時間培養後の平滑筋細胞を0.25%トリプシンーEDTA溶液を用い採取し、4uM-2 Fura含有Krebs Ringer HEPES中で37℃で30分培養し、SPEX dual wavelength fluorometerを用いその蛍光度を励起波長340nmおよび380nm、蛍光波長510nmで測定した。
脂質過酸化測定:脂質過酸化はTBA法により測定された。

「結果」
アンジオテンシンによるEGF受容体の活性化は梅肉エキスの1時間の前処理により、阻害された。また、梅肉エキス(0.5-5mg)は濃度依存的にアンジオテンシンⅡによるEGF受容体活性化を阻害した。しかしながら、梅肉エキスは平滑筋中の総EGF受容体量には影響を与えなかった。また、これまでの報告により、活性酸素がアンジオテンシンⅡのEGF受容体活性化に関与することが報告されているため、活性酸素によるEGF受容体活性化に対する梅肉エキスの影響は検討された。
梅肉エキスは過酸化水素によるEGF受容体活性化に対しても抑制効果を示した。更に、梅肉エキスはアンジオテンシンⅡによるERK活性化に抑制効果を示した。しかし、EGFによるERK活性化に対し、影響を示さなかった。
我々はこれまでに、アンジオテンシンがAT1受容体を介し、平滑筋細胞内のカルシウム濃度を上昇させることを明らかにした。そこで、アンジオテンシンの平滑筋細胞内カルシウム上昇に対する、梅肉エキスの作用を検討した。その結果、梅肉エキスはアンジオテンシンのカルシウム上昇作用に影響を与えなかった。
アンジオテンシンはEGF受容体/ERK情報伝達系を介し、平滑筋細胞肥大を引き起こす。これまでの結果により、梅肉エキスがEGF受容体/ERK情報伝達系に対し、阻害効果を示すことが明らかにされたため、アンジオテンシン誘導平滑筋肥大に対する梅肉エキスの影響をタンパク質合成速度を測定することにより検討した。その結果、梅肉エキスはアンジオテンシンの平滑筋タンパク質合成促進作用を阻害した。
これまでの結果により、アンジオテンシン/EGF受容体/ERK情報伝達系を、梅肉エキスが抗酸化作用により阻害する可能性が示唆された。そこで、梅肉エキスの脂質過酸化に対する作用を検討した結果、梅肉エキスは濃度依存的に脂質の過酸化を阻害し、梅肉エキスが、抗酸化作用を有することが示された。

「考察」
本研究において、梅肉エキスがアンジオテンシンによるEGF受容体活性化、また、その下流に位置するERKの活性化を阻害し、その結果平滑筋細胞のタンパク質合成を抑制することが示された。これまでに、EGF受容体/ERKカスケードにおいて、活性酸素の関与が報告されている。本研究において、我々は、梅肉エキスが抗酸化作用を有することを明らかにし、その抗酸化作用により特異的にアンジオテンシン誘導EGF受容体/ERK伝達系を阻害することが示唆された。更に、これまでの研究において抗酸化物質がPYK2、JAK2、Akt/protein kinase B、p38MAPKおよびPDGF受容体などのキナーゼ活性を阻害することが報告されており、さらに、梅肉エキスのそれらキナーゼおよび情報伝達系に対する作用の検討が有用であると考えられる。
これまでに、我々はEGF受容体の活性化がアンジオテンシンのタンパク質合成、細胞遊走および遺伝子発現の誘導に不可欠であることを明らかにした。本研究において、梅肉エキスがアンジオテンシンの誘導する平滑筋細胞のタンパク質合成を抑制することを明らかにし、梅肉エキスがアンジオテンシンの誘導する心血管系リモデリングに対しても、抑制効果持つことを示した。これらのことから、梅の体内への摂取が、心血管系疾患の予防および治療に有用である可能性が示唆された。

2. アンジオテンシンの平滑筋細胞における新規情報伝達系の探求と梅肉エキスおよび梅肉に含まれる物質の作用

「目的」
近年、心血管系疾患の原因であるリモデリングにmitogen-activated protein kinase(MAPK)であるERK、p38MAPKおよびJNKの活性化が必要とされる事が明らかにされている。また、レニン・アンジオテンシン系における主たる生理活性ペプチドであるアンジオテンシンⅡが平滑筋細胞において、これらMAPKを活性化することが知られている。また、これまでの研究報告により、アンジオテンシンによるJNK活性化の情報伝達系はEGF受容体/ERKカスケードとは異なることが示唆されている。
)一方、近年small Gタンパク質であるRho FamilyおよびそのRhoによって活性化されるROCKカスケードが平滑筋細胞の遊走に関与することが報告されている。更に、アンジオテンシンがRho/ROCKカスケードを活性化することが知られており、アンジオテンシンの新規情報伝達系としてRho/ROCKとJNKの関与を探索することは非常に興味深い。
我々はこれまでに梅肉エキスがアンジオテンシンのEGF受容体/ERKカスケードの活性化に抑制効果を持ち、心血管リモデリングに対し抑制効果を示すことを明らかにした。しかしながら、アンジオテンシンの誘導する心血管リモデリングにはMAPK活性化を伴う、多くのカスケードが関与すると考えられ、また梅肉エキスには、種々の物質が含有されており、EGF受容体/ERK伝達系のみならず他の心血管疾患に関与する情報伝達系に対しても影響を及ぼすことが推察される。これら、情報伝達系に対する梅の作用を検討するためには、そのカスケードの詳細な機構を解析することが有用であると考えられる。そこで、本研究においては、梅の心血管リモデリングに対する作用の前段階として、アンジオテンシンの新規情報伝達系、特にJNK活性化カスケード機構の解析をRho/ROCKの関連性の観点から試みた。

「方法」
平滑筋細胞培養:平滑筋細胞は12週齢のSprague-Dawayラットの胸部大動脈より、explant法により調製された。調製された細胞は10%のウシ胎児血清を添加したDullbecco’s modified Eagle medium(DMEM)中において培養され、実験には3~12継代の細胞を約90%コンフルエントの状態で3日間、無血清培養し、用いた。
ウェスタンブロッティング:アンジオテンシンⅡ刺激後の平滑筋細胞はSDSサンプルに懸濁され7.5%SDS電気泳動に供試され、ニトロセルロース膜に転写された。Rho/ROCK活性化はミオシンフォスファターゼ(MYPT)696番スレオニン残基リン酸化特異的抗体(UPSTATE社)を用い、リン酸化されたMYPT量を指標とした。JNK活性化は183番スレオニン/185番チロシン残基リン酸化抗体(Promega社)、p38MAPK活性化は180番スレオニン/182番リン酸化抗体(Cell Signalig)およびPAK1活性化は194番セリン/204番リン酸化抗体(Cell Signalin)を用いて測定した。
アデノウィルス トランスフェクション:平滑筋細胞は48時間無血清培養後、100moiのdominant-negative mutant Rho (DN-Rho)およびDN-JNKをコードするアデノウィルス存在下で1時間培養後、更に48時間培養し、実験に供試された。
細胞遊走化測定:細胞の遊走化はボイデンチャンバー法により測定された。実際には8umのポリカーボネイトフィルターによって仕切られたcemataxisチャンバー下部ウェルに100nMのアンジオテンシン添加無血清DMEM、上部ウェルに1 X 105の平滑筋細胞を滴下し、8時間培養後フィルター中の細胞をメタノール固定した。細胞をギムザ染色し、光学顕微鏡下でフィルター中の遊走細胞数を測定した。

「結果」
ROCKがMYPTの696番目のスレオニンをリン酸化することが報告されている。アンジオテンシンがRho/ROCKを活性化するか、MYPTリン酸化に対する作用を測定し検討した。その結果、アンジオテンシンは添加1~2分でMYPTをリン酸化した。また、ROCKの阻害物質であるY27632およびDN-Rhoのトランスフェクションはアンジオテンシンの引き起こす、MYPTリン酸化を阻害し、アンジオテンシンがRho/ROCkを介してMYPTをリン酸化することが再確認された。Rho/ROCKが平滑筋細胞の遊走化に関与することが報告されているため、アンジオテンシンの引き起こす、平滑筋細胞遊走誘導にRho/ROCKが関与するかどうか検討した。その結果、Y27632およびDN-Rhoがアンジオテンシンの誘導する平滑筋細胞の遊走誘導を阻害することが確認された。以上の結果より、Rho/ROCKがアンジオテンシンの誘導する遊走化に関与することが明らかにされた。我々およびその他の研究者はこれまでにアンジオテンシンがMAPKを活性化すること、MAPKが平滑筋細胞の遊走化に関与することが明らかにされている。そこでアンジオテンシンによるMAPKの活性化とRho/ROCKの関連性について検討した。その結果、Y27632およびDN-Rhoはアンジオテンシンの誘導するJNK活性化を阻害したが、ERKおよびp38MAPKの活性化には影響を与えなかった。更に、DN-JNKはアンジオテンシンの誘導する平滑筋遊走化を阻害した。以上よりRho/ROCKはアンジオテンシンのJNK活性化カスケードの上流に位置することが示された。
これまでに、PAK活性化が細胞骨格再構成およびMAPK活性に関与することが明らかにされている。また、PAKがJNKの上流に位置することも示唆されている。そこで、PAKとRho/ROCK活性化の関連性について検討した。その結果、アンジオテンシンがPAKのリン酸化を経時的に活性化し、DN-RhoおよびY27632がアンジオテンシンの誘導するPAKリン酸化を阻害した。以上の結果より、PAKの活性化がアンジオテンシンのRho/ROCKの上流に位置し、アンジオテンシンがRho/ROCK/PAK/JNKという新規情報伝達系を有することが示された。

「考察」
本研究により、アンジオテンシンがこれまでに報告されたEGF受容体/ERKカスケードとは異なる、Rho/ROCK/PAK/JNKという新情報伝達系を有することが明らかにされた。また、このRho/ROCK/PAK/JNKカスケードが平滑筋細胞の遊走化の上流に位置することを示し、アンジオテンシンの心血管リモデリングを誘導する新たなカスケードであることが示された。我々は、これまでにアンジオテンシンのEGF受容体/ERKカスケードに対し、梅肉エキスが抗酸化作用により抑制効果を示すことを示した。本研究で我々が明らかにしたRho/ROCK/PAK/JNKカスケードと活性酸素の関連性については未だ不明である。しかし、梅肉エキスには抗酸化作用物質に加えて多くの生理活性を有する物質を含有すると考えられ。梅肉エキスが血流を改善する効果を有することから、梅肉エキスのアンジオテンシン/Rho/ROCK/PAK/JNKカスケードに対する作用を検討することは非常に興味深いと考えられる。今後、梅肉エキスのRho/ROCK/PAK/JNKに対する作用およびその作用物質の同定を検討することが、梅肉エキスの生理活性の探求とその機構の解明、特に心血管疾患に対する予防および治療効果を検討するうえで非常に重要であると考えられる。

参加企業

和歌山県産農産物の機能性を医学的、科学的に解明することを目的とした機能性医薬食品探索講座は、梅加工会社の寄付により大阪河﨑リハビリテーション大学内に設置運営されています。

梅干博士

宇都宮 洋才(うつのみや ひろとし)
医学博士。専門は病理学。言い伝えの域をでなかった梅干しの効能を国内外の共同研究によって医学的に解き明かす。梅干博士として知られ、マスコミや講演でも活躍。2022年4月より、大阪河﨑リハビリテーション大学 機能性医薬食品探索講座 教授。

メディア紹介
  • あさイチ(NHK総合テレビ)
  • Rの法則(NHK Eテレ)
  • ためしてガッテン(NHK総合テレビ)
  • 林修の今でしょ!講座(テレビ朝日)
  • 主治医のみつかる診療所(テレビ東京)
関連リンク